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ボクシングは命がけの闘い
4月9日、日本ボクシング史上最大のビックマッチが行われた。WBA、IBF世界ミドル級王座統一戦でIBF王者ゲンナジー、ゴロフキンに敗れ、WBAスーパー王座から陥落した村田諒太。村田は元3団体統一王者との激闘を、凄く濃密な時間だった。と振り返り、あの時間の感じかた、空間を味わえたことが僕の大きな僕の財産。と断言。試合前に、楽しんでこい。と送り出してくれた本田明彦会長をはじめとするジム関係者、家族への感謝の言葉を並べた。前回の試合から2年4ヶ月のブランクで、戦う目的を見失いかけたこともあったが、88年ソウル五輪シンクロナイズドスイミング銅メダリストでスポーツ心理学者の田中ウルヴェ京さんの指導を受け、自分への挑戦だと思ってリングに向かえた。という。ゴロフキンに勝ち、最強を証明する。という目標こそは達成出来なかったが、コロナ下で練習を継続しやってこられた自己肯定感はある。と語った。私はボクシングにはあまり詳しくはないが、ざ、殴り合い。とでも言いたくなるような壮絶な一戦だった。それにも関わらず、試合後には後味が良かったのは、2人のファイターが互いをリスペクトしあっていたからに違いない。まさに、試合後、ミドル級2団体王座を統一したゴロフキンがカザフスタンの民族衣裳である、チャパンを傷だらけの村田に着せようとした時には、思わず泣いてしまうほどに感動した。会見の場で、それについて質問されたゴロフキンは、チャパンは最も尊敬する人に贈るという慣習がある。と答えた。それを聞いてまた、泣いてしまった。ボクシングの世界では、強いものが勝つのではなく、勝ったものが強い。それがボクシング。ということがしばしばささやかれる。しかし、今回ばかりは、勝ち負けを超えた試合だ。村田選手、引退しないでもっと我々に感動を与えて。##久米川歯医者###こにし歯科###東村山歯医者###こにし歯科
- 監修者情報
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院長 小西 勇人
略歴
昭和62年3月 : 昭和大学 卒業
昭和62年4月 : 歯科医師免許 取得
平成2年3月 : こにし歯科医院 開院
所属学会
一般社団法人 東京都東村山市歯科医師会 会長
東京都東村山市学校歯科医会 会長
東京都東村山市学校保健会 副会長
東京都東村山市立第三中学校 歯科校医
東京都学校歯科医会 参事
東京都歯科医師会 参事
東京都歯科医師会 代議員
東村山市 保健福祉協議会委員
東村山市 介護認定審査会委員
多摩北部医療センター運営協議会 委員
多摩小平保健所歯科保健推進会議 委員
東村山市保育料等審議会 委員
北多摩北部二次保健医療圏地域災害医療連携委員
- 久米川駅徒歩3分の歯医者
こにし歯科医院 -
〒189-0013
東京都東村山市栄町2-21-12
武蔵第二ビル3F【月・火・金】 9:30~12:00/15:00~19:00
【水】 9:30~18:00
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※休診日:木曜・日曜・祝日